話し出すと,それだけで時間つぶれちゃうんだけど、僕は筑波大学で比較文化学類長をやっていたんですけど、いろんな学生いたんですよ。例外なく中学生、高校生でいい子だった子。家庭でもいい子で、学校でもリーダーだったの。そういうのは困るんだよね。一年生の終わり、二年生の始めにくらいにがくんと疲れちゃって、学校こられなくなっちゃう。だからよく子どもが事件起こすと、「あのいい子がなぜ突然」って新聞が書くけど、無責任だと思うよ、僕は。逆で、いい子だったから悪くなっちゃうんですよ、やらざらをえなくなる。
だから僕は、若いときは、適当に寝たりなんかした方がいい、さぼったりした方がいいという方でした。本当にそう思う。
若い時にね、さぼったり、ちょっと悪いことしたり、親の目かすめたり、さぼって何かする、当たり前です。一種のPlayです。遊びです。やらせたらいいんですよ。
そうやってだんだん生きる力を養うことがよっぽど大事ね。
「寝太郎」をやらないで来る若者がとても心配です。
「寝太郎」、「眠り姫」やった方がいいな。
でも、この頃、日本青少年教育研究所が毎年発表するんだけど「中学生、高校生の約7割は疲れたと思っている」って言うんだよ。すごいことじゃない、これ。中学・高校ってほんとは疲れを知らぬ世代だぜ。それが疲れたと思っている。これは、国家的な危機よ。あと二十年、三十年経ってその世代が日本を背負って立つわけだよ。その時もう、疲れたおばさん、おじさんばっかりだったら・・。 
子どもたちが育つのは自由でなければならないでしょ。今、授業沢山やらせりゃあいいって考え方でしょ。全く逆。「ゆとり教育」って今さんざんやられているけど、僕は「ゆとり教育」の方が良かったと思っているんですよ。まあ、やり方にもよるけどね。
大事なことは、“子どもが寝たいときには、寝て育つこと”
必ず起きるから。起きない子いないよ、僕が知っている限り。みんな起きてるよ。


◆樅の木の意志―自分はこういう姿でありたいという気持ち
僕、息子がふたりいるんです、もう大人ですけど。
彼らが子どもの頃、クリスマスツリー作ってやろう思って、樅の木の若木買ってきて植えたんです。そしたらとてもきれいな形になったんです。このくらいの背になってね、冬になったらクリスマスツリーになるかなぁって楽しみにしていた。
秋になって植木屋入れたら、「樅の木は成長が早過ぎて、根っこがちゃんとしてないから、このままほっとくと、風で倒れちゃいますよ」って、途中から切られちゃった。
僕はがっかりしてね「植木屋のやろう余計なことしやがって」と思っていた。
ところが、何週間かしたらね、左側がだんだんちょっと立ってきた。あれっと思っていたら日に日に立ってきて、三週間か四週間かしたら結局元に戻りました。完全にね。
嘘だと思ったらやってごらん。ほんと感動したんだよ。左の枝が心棒になって元に戻ったんです。
ようするに樅の木は、俺はこういう形じゃ嫌だって言ってるのよ。
俺の形はこういう形だって言ってるのよ。ね、そこに樅の木の意志があるよね。

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