四十九日たったら死者の国に行く。どこの国でも同じだそうです。その死者の魂と鳥は合体するわけです。化身だというわけです。実の母のお墓に現れた白い鳥は、間違いなく実の母の魂の化身だと思わない?これは間違いないよ。その鳥がくれた服を着た彼女の姿は、彼女の真の姿だと言っていいんじゃない?彼女の本当の姿。本当の母がくれた服だから、本当の姿。それが美しかったんです。 ここがディズニーと決定的に違うとこ。ディズニーでは魔法の棒にさわられたらきれいになったんだよね。そんなまやかしの美しさじゃないんだよ。 逆なのよ。彼女は普段は汚かった。灰かぶりだった。だけど本当は美しかったんだ。 こういう真面目な物語です。 そう考えたらこれは、もう若者の物語だっていえるでしょ。もちろん年齢の幅はあります。小学校上級から、大学の一,二年までと幅広く考えてください。 若者は普段、ダーティーな姿で暮らす。親に心配掛けたり、反社会的な行動したり、なんかする。 だけどそういう子も時々、本当の美しい姿になりたいと思う。 美しい姿になったら、必ず誰かに認められたいと思う。で、宮殿へ行ったでしょ。そっから先が問題。 せっかく王子が認めてくれたのに、なぜかまたダーティーに戻っている。 じゃあダーティーなままかというと、どんな子でもしばらく経つと、また元の美しい姿になりたい。美しい姿になったら、誰か認めてよ。認められたら、ダーティーに戻る。この行ったり来たり。 と言いかえたらどうだろか。シンデレラの行動と若者の姿とは、ぴたっと重なるじゃないですか。 若者はね、大人の方から見て、どんなにけしからん奴、悪い奴でもね、必ず時々自分の美しい本当の姿を出したがる、出したいものなんです。 誰でも、どんな子でもいい姿になったら誰かに認められたい。 必ず、一番認められてもらいたいのは、もちろん親。そして学校の先生。それからおじいちゃん、おばあちゃんや先輩とか。そういう周りの大人たちに認めてもらいたい。 そこから先が謎なんだよな。 せっかく認めてもらってだんだん美しくなったのに、若者はまたダーティーに戻っちゃう。 またやらかすんです。だけどしばらく経つとまたいい姿に戻る。この繰り返しなんです。 どうだろうか? 教師なんかやってると、いろんな若者に出会ったし、いろんな親とも出会いました。 子どもの問題で相談に来る親によく言われたのが、「子どもは時々いい姿を見せる、どうか裏切らないいでねと思う。もうだまさないでねっと思う」と言うことば。 僕は「もうだまさないでねっという願いは解るけど、子どもはだまそうと思ってない。だまそうと思っているんじゃなくて、シンデレラという振り子が揺れているんです。」 僕はそういうふうに言いました。 シンデレラという振り子が揺れた。こっちへきてもどうしても、さぁーっと行っちゃう。でも逆に言えば、振り子だから、行きっぱなしはない。すーっと戻ってくる。「だから待っててください」と。 その時、こっちがいい姿だと認めているのにすーっとまた行っちゃう。 それはなぜなのかって大人にはすごい謎。だから心理学の人なんか一生懸命分析しようとするわけ。僕は分析するなと。時間に任せた。振り子なんだから、いつか止まる。 |